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持ち家の近くに高速道路の建設が決まったので仕方なく売却を決めた

高速道路

大阪府高槻市在住で、パート従業員をしている49歳です。現在は一人暮らしをしていますが、少し前まで両親と娘である私の3人で一緒に暮らしていました。

子供の頃から同じ高槻市内で数回引っ越しをしました。より良い環境や広い家を求めての引っ越しだったので、最後に行きついたのはそこそこ大きな一戸建ての2階建て木造住宅でした。

玄関の横にはガレージ兼庭があり、洋室2部屋・和室3部屋の5LDK。2階にもトイレがある便利な造りでした。裏側も住宅道路だった為、日当たりは季節を問わずに抜群。私も両親も今度こそ、その家にずっと住み続けると思っていました。

しかし、思わぬ事から私たちはその家を売却して、また引っ越すことになったのです…。

持ち家の近くに高速道路の建設計画が建てられる

それは、高速道路の建設計画によるものでした。もともと、その家は駅からバスで15~20分位の、緑の多い静かな山手の住宅街にあり、近くには名神高速道路が走っていました。

しかしすぐ近くという程ではなかったので騒音も全くなく、沢山の住宅が建ち並んでいました。それが、高槻市に名神高速のインターチェンジが出来る事になり、その為の土地の買収が始まったのです。

私たちの家は、運が良いのか悪いのか、ギリギリ計画の土地には入りませんでした。しかし、計画の場所に引っかかった家の人は、逆に土地を高く買い上げて貰えます。

その方達は立ち退いて別の場所へ引っ越せばよかったのですが、すぐそこまで道路が来るのに、引っかからなかった私たちの様な家は、今後もそこに住み続けるかどうかの選択に迫られました。

そこで、家族で相談した結果、将来の事も考えて、皆でバリアフリーの駅前のマンションに引っ越すことです。

自分の家の売却は何もかもが初体験の連続

それにはまず、住んでいる一戸建ての家を売らなければなりません。家を買う時にもお世話になった不動産仲介業者に頼み、毎週の様に広告を出して貰いました。

自分の家の広告を見て、広告にするとこんな風になるのか~と、少しワクワクしたのを覚えています。もちろん、問い合わせがあったら、道路計画のことを説明しないといけません。そして、そういう計画がある事は世間にも知れ渡っていたので、なかなか問い合わせも少ないという状態でした。

もちろん、そういう条件付きなので土地の評価も低くなり、最初からこちらの希望よりも安い金額で売りに出していました。しかし、買い手が付かなかったので、仕方なく更に価格を下げてまた広告を出す、という事の繰り返しでした。

そのときに、一番印象に残っているのはオープンハウスです。売りに出し始めたのが夏場だったので、オープンハウスをするのにも、猛暑の中で行く所がありません。近くに親戚もいない私たちは、駅前のさびれた旅館に行って、時間をつぶす必要がありました。

そんなことでもなければ、決して利用する事がなかった様な旅館に、昼間だけの休憩で部屋をとり、家族3人でゴロゴロ畳の上に寝転がっているのが、妙に可笑しくて笑えました。

気に入っていた家なので、良い買い手が現れる事を祈って、クーラーのきいた部屋で週末ごとに時間をつぶし、オープンハウスが終わる時間になると、やれやれと自宅に戻って行きました。

その後やっと買い手が付き、やはり最後は更に値引きされました。仲介業者もよくしてくれましたが、もうこれを逃すと無理かもしれないと判断し、売却を決めました。

広告を出したり、オープンハウスの為にのぼりを出したりするのは、初めての経験でしたし、ちょっぴり切ない気持ちもありました。ですが、その反面、今となっては面白い経験でもありました。時間をつぶしていた旅館は今もあり、その旅館を見る度に懐かしい気分になります。

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